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7月13日 竹氏の兄さんおめでとうございます。
ウヒャ〜・・・・・・。HPのUP2ヶ月のサボってしまいました。これではアクセスも増えないですよねぇ〜f(^
^!) 申し訳ありません。
先日の日曜日、京都に行って来ました。京都は祇園祭の準備でコンチキチンとか、浴衣の人たちとか町中賑わっていました。何をしに行ったか?
実は25年程前、私が始めて修行に行った先が福井のある料亭でした。そこに煮方さんとして居られたのが「竹氏清孝さん」でした。その竹氏さんが労働大臣賞と文部大臣賞をうけられたお祝いのパーティーが行われたので、京都に馳せ参じた次第です。竹さんとは20年ぶり位になります。当時は大卒で縦社会には馴染まぬ私に、板場さんの世界を教えてくれた恩人です。その竹さんは今では京都のハトヤグループの常務になり、日本調理師連合会の副会長、大阪府調理師会の理事等数々の役職を歴任されている調理師会のリーダーになられています。当時からまじめで、厳しく、また、優しく、一緒に仕事をしたのは半年ほどだけでしたが、いまでもお付き合いをさせていただいている兄さんです。
竹さんのご挨拶の中に「今の私があるのは、良き師匠、良き経営者、良き仲間に出会えたからだ」と話されていました。もちろんそうかも知れません、ただ人は皆平等にその機会に接しているように思います。しかし、その機会を掴む才能が有るかどうかだと思います。その才能とは何でしょうか?本物を見極められる目と心、人を信じれる素直な気持ち、人を思いやれる心、それに忍耐力・・・・でしょうか?
私にも見習うこと沢山有った一日でした。
有難う竹氏の兄さん・・・・・。それにおめでとう竹氏の兄さん

5月14日 富山に行って来ました。
だいぶんUPサボってしまいましたね〜。この時期やることが多くPCの前に座るより、飛び回っていることが多くお許しくださいませ。m(_
_)m
今年初めて中部アマの予選に出て来ました。今まで出たことがなかったのですが行きがかり上そのようなことになってしまいました。しかし僕らのように年間30ラウンド程の者には辛い大会ですね。初日はそこそこの位置につけていたのですがやはり爆発力がありません。初日83で2日目は72とか、84で69などのスコアーを見ると、羨ましいよりそこまで行きたくないような、何か複雑な気持ちでした。所詮、魚屋のゴルファーです。僕はそれで良いと思います。
その会場の富山で名物の黒ラーメンを食べてきました。醤油ラーメンの醤油が溜り醤油のようでスープが真っ黒、麺も焼きそばのように極太、その麺もスープもに染まって黒味がかっています。味も正に醤油をすすっているような、馴染めない味です。もう一度食べたいか?NO・・・です。ポピュラーに成るにはもう少しこくが有ればとおみますが?
土地が変われば品変わるです。 日本は広い
2月26日 座敷で涙見せてしまいました!
2月も終わりだと言うのに今日も雪が降っています。今は春と冬が押し競饅頭をしている時期です。でもまだまだ冬が強い日が続きます。
年をとったのでしょうか50の声を聞き涙もろくなってしまいました。2度も感涙に浸ってしまいました。一度は先週の土曜お世話になっている○○先生がいらして時です。実はご主人を5年程前に亡くされ(僕の尊敬する先生でした)その後先生もガンが発見され、京都のほうまで治療に行かれています。点滴をすると2日ほど寝込まれるそうで、当店来店のため点滴日をずらしてこられました。その先生はいつも優しく、いつも心配りされています。僕は50を過ぎあと何年生きられるか考えます、だけど○○先生は死と直面しているにもかかわらず、いつも優しく、いつも心配りされます。先生の生きる思いに涙しました。
次は2.3日前にお見えになったお客様です。とても感激され話されました。実は昨年カニが終わった時期にお魚を食べにこられました。今度はカニをと2年越しで来れれた方でした。岐阜のほうで酒屋さんをされていて、福井の専用の樽を持っているそうです。朝店を開ける前からお客が並んでお酒を買いにこられるそうです。お客さん皆さん口をそろえて言われるそうです「店を大きくしないで下さい。従業員を増やさないでご夫婦だけでやってください。ネットで酒を売らないで下さい。」その方は言われます「お客の喜びが私たちの喜び、夫婦二人で商いをするのは辛いけど、お客が喜んでくれるなら店を大きくしないで頑張ります。お金は後から付いてきます」。当店とそれに僕と同じ考えの人が居られ、一生懸命仕事をしているんだぁ〜と思ったら、ウルウル(!!)
年だからでしょうか?人のやさしさに触れたり、愛を感じたりすると目頭が熱くなります。花粉症?
とにかくカンバ
2月15日 価格操作はするな!
昨日、朝○放送の者だと言う人から電話がありました。「番組の企画をしていて、『旅の手帳』を見せてもらって電話をしています。川喜さんは三国の浜でセリをして蟹を仕入れてくるそうですね。HPを見せてもらうと蟹の上等なものが1尾2〜3万して居るそうですが、最上級のカニを取り上げたいので1尾6〜7万で仕入れてもらえませんか?」と言うものです。馬鹿を言うな!これは価格操作です。昨年の暮れカニが1尾10万した話をしました(詳しくはここ)「あるTV局が新年の番組に使う高いカニをということで、何千万もする松坂牛と共に越前の1匹13万のカニを放映しました。」これは正に価格の操作で、高ければ高いほど番組になったんです。みんなが迷惑することは出来ませんし、尋常でないセリに当店が巻く込む訳にはいきません!ときっぱりお断りしました。彼に僕の気持ちが通じ、出来うるなら他の店に今回の企画を持ち込まないように願うばかりです。
2月2日 今日は末娘の誕生日
今日は末娘、晴加の誕生日2月のこの時期には珍しく快晴だったので晴加と命名しました。しかし今日はこの冬一番の寒気が降りてきて雪!やはり自然の脅威を感じます。自然の脅威と言えば先日、美山町の友人の所に行ってきました。美山町は先の福井豪雨のとき一番の被害を受けたところです。7/23の日記にも書きましたがまれに見る惨事でした。特に友人(真理男ちゃん)の家は川沿いに面していて被害は甚大でした。美山のゴルフの知人より真理男チャンの被害のことは聞いていましてお見舞いにと思ったのですが、ゴルフの知人の言うには「家は流されとても可愛そうでみていられない大森さんいかんときね!真理男チャンちはお金あるし奥さんや子供お兄さんは東京やで、美山あのままにして東京で暮らすみたいよ!」と聞いていましたところ、年が明けて年賀状が届き、流された店の横に新しく店をクリスマスの日に建てて仕事をはじめるとの連絡があり、早速開店祝いを持って訪れました。道中はまだ豪雨の爪あとが残り、川沿いの木は根がさらけ出され、家の一階はまだ泥に埋もれ、道路は崩れ、橋は流されていました。実はこの橋が流されたことが真理男チャン達を救ったそうで、橋が其のままだと木が引っかかって濁流が非難した屋根まで迫ってきたそうです。しかし橋が流されたことで水が引き、九死に一生を得たそうです。
開店した店は以前に比べれば小さいものですが、訪れたときも業者が来ていて一生懸命でした。彼も災害当時は落ち込み職安で仕事を探したり、東京にいこうと思ったそうです。でも周りの人が店を再開して欲しいとの要望で頑張る気になったとのことでした。いつものようにヒョウヒョウとオカマチックに話す彼の口から自然の脅威は薄らいで伝わってきます、それよりこれからの生きがいそうさせるのかもしれません。
とにかく頑張れ真理男チャン
1月10日 きれいな花を咲かせましょう!
今日はとうとう雪が積もってしまいました。暖冬で過ごし易かったんですが、年が明けてから寒い日が続きとうとう15cmほどの積雪になってしまいました。北陸だから仕方が無く、雪を見にくる人も居るので、まぁいいか〜!
この雪が解けて春になるとサクラが咲きます。サクラは余り綺麗な土を好まないそうです。昔読んだ坂口あごの「桜の満開の木下で」でもかいてありましたが、墓場とかに多く咲いていて何故か不思議な陽気が桜には有るみたいです。昨年、福井で有名な枝垂桜のある○○山神社の花芽が付かなく、弱っているので川喜さんのカニが欲しいと依頼がありました。実は我家の庭には沢山のカニのガラや売れ残ったかに、とてもお客には出せない質の悪いカニが沢山埋まっています。早く庭木が大きくなって欲しくて肥料にしています。前の庭にも親父がせっせと埋めていました。その甲斐有って桜や椎の木がぐんぐん大きくなったことを有る金融関係の方に話しましたところ、ぜひに!と成ったわけです。1週間ほど貯めたガラや質の悪いかに、売れ残ったカニを渡しましたところ多勢の方が協力して根の周りに埋めたそうです。我家のカニさんを微生物が分解したり、虫が食べその糞やらが綺麗な花を咲かせることでしょう。
今年はまだ無理にしても長い月日が来て楽しませてくれるはずです。
春になったら○○山神社の枝垂桜を皆で見に行きましょう!!
土の中の当店のカニさん 埋められた皆さんご苦労様です。
2006年1月6日 今年もどうぞよろしく!
新年明けましておめでとうございます。と言ってももう6日です。明日は七草、正月気分ももうおしまい。昨年は天候に恵まれ底引き船団の出漁回数も多かったのが何よりの救いですが、いい蟹がとても少なくやはり高値、でもいつものお客さんの顔がみられ「最後の1っぴきになるまでやはり、頑張ります」
お正月は雪、楽しみにしていたゴルフも出来ず、いつも間にか6日です。欲求不満が溜まっています。今日1日遅れの初出港、いよいよ仕事が始まります。これからは本当のかにの本番、寒くなり蟹も美味しくなり、常連さんがどっと押し寄せます。ただ天候が心配です。良い蟹が少ない中で出漁回数が少なくなればもっと苦しい競りになります。
これからが本番、去年買った桜の蕾が膨らむまでもう一踏ん張りです。
11月14日 カニ解禁! でも入院(ToT)
今年もカニが解禁になりました。漁あんばいは海の情報でお話するとして、今年は天気もよく14隻の底引き船団の内9隻帰ってきて、初日カニを茹でて食事をしたのが日付が変わっていました。体だるいと思ったので熱を計ると38.5度。エ〜ッ。薬を飲みますが夜中の4時頃39.5度の高熱、息も絶え絶え、「おかァさん病院へ連れてって」緊急病院で、座薬に点滴。終了したのが朝の10時。フラフラしながら店に戻り仕事をしますが、自分で何をしてるのか覚えていません。4時頃病院に再度行って、即入院。どうも熱にうなされ、パンツのまま座敷に行きそうになったり、病院で帰るとと騒いで、看護婦さんや上さんを殴り飛ばしたり、病院に中をウロウロしたり。一晩大変だったみたいです。
ただの風邪だったようですが、日ごろの不摂生がたたり又、初日でお酒を飲みながら仕事したの悪かったようで、脱水になったところに風邪をひいたみたいでした。
ご迷惑をかけたお客さん、従業員、子供達、調理場で頑張ってくれた親父、ぼろ糞に言われながら看病してくれた上さん、それに殴った(覚えていない?)看護婦さん、お世話になりました。
10月10日 テニスに行ってきました
いつぞや話しました○尾先生を偲ぶテニス会がありました。実は小生若い時、5年ほどテニスをしていました。県の大会にも出てC級ながら準優勝までしました。と言うか当時まあまり競技人口もなく3つほど勝てば準優勝でした。その頃○尾先生が医科大にテニス部を作り、活躍されていました。亡くなる年に又テニス始めようかなぁ〜と話しましたところぜひ・・・・・と誘われておりました。亡くなって3年目、今年の冬、テニスのコーチから立派なラケットケース頂戴し「今年の大会には是非来て下さい」と誘われました。20年ぶりのテニスです。
当日はグラブ選手権の2日目、朝5時に起きて仕事をして大会に、1時ごろ上がって急いで倶楽部で食事をして、いざテニスコートへ!
着いてみるとテントを張って医科大の生徒さんや一般の人など、200人ほどは居そうな大会です。立派なテニスケースに友人から借りた古いラケットを3本入れて、古いシューズを肩に掛けて足がすくんでいる所に、「カワキさんよく来られました、今から試合です」「ヴぇ〜〜??!!!」
サーブは2発当たっただけ、レシーブは殆どホームラン、足はガクガク、息はハアハア、しまいには気分が悪くなるは・・・・・。でもとても楽しかったですよ。ボレーが面白いほど決まり。ギャラリーが大勢集まり、拍手やら大笑いやら、パートナーの綺麗なとても上手なお嬢さんに助けられ、なんと勝ってしまいました。
コーチがもう一試合・・・・・。「か、か、勘弁してください」。心地よい疲れと○尾先生を思ってとても良い一日なりました。「○尾先生、僕又テニス始めるかも・・・・・・・」
借りてきたラケットのグリップはボロボロ、左靴はぽっかり口が開き、ゴルフシャツや帽子は汗でグッショリ、でも心は晴れ晴れ、10月10日は東京オリンピックの日です。背中にボールを当てた綺麗な上手なパートナーのお嬢さんごめんなさい、そして有難う。
皆さん有難うございました。
8月28日 スキンヘッドにしたぞ〜〜〜
散髪は頭髪が薄くなってからいつも自分でバリカン剃りです。いつも長めにしているのが刃を間違えて5厘にしてしまいました。あまり毛が無いのでみっともない事はなはだしく、エイヤー電気剃刀で一筋剃って見ました。49年持った髪の毛そう易々と剃れません。コンチキショー安全剃刀で一思い・・・・・。家内は鼻で笑い、長男は無言、長女は桃太郎だ―と大笑い、次女は怒って口も利いてくれません、一番下はお父さん怖い〜と泣き出します。
とてもポッカポッカ暖かく、触ると気持ち良いです。
第二の人生ここからスタートです。

綺麗な頭
8月23日 週刊朝日に掲載されました。
この日記の7/9に書きました、文芸春秋の取材にこられた方が実は料理記者のかわいひろこさんで、週刊朝日のとりよせ便の連載をされている方でした。「カワキさん夏に何か美味しいもの無い?」そこで、アマダイをそれも干物を紹介しました。アマダイの浜焼き、味噌漬、一塩、みんな美味しいですが、干物にするとまた美味しい。ただとても厄介です。
23日に発売するや否や、多くの問い合わせがありました。中には暫く来られていなかった常連の方からのお電話もあり、近況話で盛り上がりました。
かわい先生、有難うございます。それに、とても綺麗に写していただいた「アルカディア」の高橋様どうもありがとうございます。

週刊朝日2004年9月3日号 87ペーシ
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