8月12日  三国の花火大会が終わりました。
「三国水中花火が見たい」今年冬にカニを食べにこられたお客様が花火を見に来られました。そのお方は全国の花火を見られたとのこと、三国の花火は水中花火は近くで見ると迫力ありますが、やはり何かもの寂しいものです。夏の終わりを告げる夜の光の祭典です。花火が終わるといよいよカニのシーズンの用意をしなければ成りません。何かもの悲しいような気もします。


8月7日  東京に行ってきました
8月1日二人の娘がペン習字の表彰で東京まで行ってきました。1時間ほどのものでしたが、彼女らとても緊張していました。それから汐留で泊まり、翌日はお台場に、東京は年に一度ディズニーランドに行きます。ただ都内に泊まったのは久しぶり。食の宝庫に目を見張り、モダンなお店に感嘆し、お台場では人が沸いてくるのに圧倒されます。勝負するなら東京です。子供はこの東京のど真ん中に放り出すと大きくなるだろう。だけど暮らすのなら三国が一番です。どっと疲れて帰ってきました。


7月23日  福井大洪水!
7月15日今年の夏のアマダイが解禁になりました。暫く暇にしていましたがバタバタする夏が始まりました。
同時に市町村合併の町の説明会が始まりました。我々三国町は福井の北に属しており、坂井郡六町の地域にあります。3年前に北の芦原町、金津町、三国町、南の坂井町、、春江町、丸岡町それぞれ3町間で合併話が持ち上がりました。芦原、金津、三国は古来から行き来があり、庁舎も近く行政間で協力もしてきました。とてもいい話でしたが、ある日突然破談になりました、我が三国町は競艇という公営ギャンブルを持っているため。3町間の財政の格差が有ったように思われます。我々町民は合併をせず単独で地方自治の確立のため頑張るのだと思っていました。しかし、1年だけ頑張ってみたところ税収の落ち込み、競艇の赤字、それから地方交付税の大幅なカットで、居ても立ってもいられず南部3町と合併話が春起こって、あれよあれよと合併話が進んでおります。国の地方交付税の削減の波が押し寄せ、地方自治は今まで経験したことの無い状況になっております。職員のカットは出来ず、今までバカスカ立てた箱物の修復に首をしめられ、補助金の0査定、公共料金の増額などの思い切った策も出来ず、合併のノアの箱舟に乗っかってしまおうとしています。   
町長さん苦しいの判ります。苦しいときは皆に振りましょうそれから決断すれば良いじゃ有りませんか?

そんな嵐が吹き荒れている中、本当に嵐になってしまいました。17日の夜雷と共にたらいをひっくり返したような雨が朝方まで降りました。日曜は連休の初日、朝方の雨も小止みになり昼から晴れてきました。客も終えて夕ご飯の時TVを付けてビックリ、足羽川が決壊、死者3名行方不明者も出ています。TVでは車や屋根が流れていくのが写り、道路はプールと化しています。
次の日、福井で修行をしていた仲間から電話があり、親方の家がひどいことに成っているとのことでした。20日の日取るものととりあえず長靴と、軍手をもって駆けつけましたが、渋滞でびくとも動きません。仕方なく、車をとめて30分近く歩いて漸くたどり着きました。親方のうちは首まで水につかり車は動かず1階の家財道具は皆流れてしまいました。ただもくもくと皆泥をかき出し、泥にまみれた物を一つ一つ洗います。足元は泥ですべり、土ぼこりで喉はハシカク、まさに別の世界に着たみたいです。
人は万物の霊長かもしれませんが、所詮丸い地球の上に住む命短い生き物です。どんなに頑張ってもいつか自然の裁きを受けます。
自然の偉大さと脅威、人間の弱さ改めて感じます。


7月9日  暑い々でUPサボってしまいました
と言うのはやはり言い訳でした。
この40日間にいろんな事有りましたよ。言える事から言えない事まで沢山でした。
まずは、「文芸春秋の7月号」に掲載されました。 
我が町我が味と題した作家の津村節子先生の記事です。確か4月の終わりの取材で、越前鉄道の三国駅に時間に合わせてお迎えに行ったところ、先生ぽつんと駅のホームに座っていらっしゃって「1電車速く着ちゃって○○で粉わかめ買って着ました」と、とても爽やかだった事記憶しています。先生本当にお世話になりました。

それから6月の中ごろには県道工事に伴う、当店の2期工事が始まりました。二期工事と言っても倉庫を立てる工事です。今有るところは新設の道路に面していてお客の出入りに不便なもので、既設の倉庫を取り除くための新設工事です。今回の工事では色々有りましたがHP上では話せません。また機会がございましたらお話します。

また、7月の初めには英国よりホームステイの子供が5日ほど滞在していました。この春、我が息子が英国派遣でホームスティしたところの子供だったので気心が知れて有意義な5日間を過ごせました。ただ、町や学校の行事が目白押しで朝7:30に家を出てから7時ごろまで帰ってきません。家族との触れ合いも少なくもう少しゆっくり出来ればよかったのにと思います。
子供は両方の家を行き来したので大きくなったときイギリス知り合いが居るということだけで大きな財産になると思いますが・・・・・・?

それにしても暑いです。    皆さん体に気をつけてください


6月1日  新緑が綺麗です。
庭のさつきの花が終わって今新緑がとても綺麗です。残念ながら山場との雛は孵らなかったみたいです。毎朝観察していたのが悪かったかな〜。先日地村さんの子供さんが帰ってきました。小浜に蟹の講習会に行った日に、小浜に戻ってこられたし、横浜に行った時、横田さん夫妻にお会いしました。今日のTVで地村さんが好きなお酒を、子供たちがバッチを外すまでまた絶つとの報道がされていました。すばらしい情熱と責任感だと思います。小生、子供たちにこれほどまでに責任感を持って接していたか?改めて反省いたしました。
TVでは、連日のように人を殺しあう報道がなされます。命を奪い合う戦場の人々はどれだけの情熱と責任感で日々生活しているのでしょう?国を治めるもの、人の上に立つものは戦場の人々に比べどれほどの情熱と責任感で行動しているのでしょう?もっともっと反省して欲しいものです。
我が町も、またもや合併に向けて話が進もうとしています。一度は合併をせずに独自の町制を行うことで結論が出て、破談にしたことです。ところがまたもや違う町と合併論議が動いています。もう少し住民本位の情熱と責任感を持って、目先の利益に踊らされること無く動いて欲しいものです。

何が大切なのでしょうか?
当店にとっては、喜んでいただくお客様です。
父親にとっては、幸せになる家族です。
町にとっては、町人の幸せです。
人類にとっては、人類ですし、地球です。

何が大切なのか、生命が芽吹く新緑の頃考えます。


5月17日  山鳩が戻ってきました
昨年の工事で庭を作り直した話は何度もしました。「前の庭には鳥が来たり、雉がきて良かったのに〜」あるお客さんから昔の庭を懐かしむ声が聞かれます。実際お食事をしていると芝生にツグミが来たり、雉が窓にちょこんと座って此方を見つめていることがしばしばありました。それに、シイの木やカイズカの木に山鳩が毎年巣を作っていました。今年、帰ってきました。毎朝、芝の草取りをしていますとバサバサと山鳩の飛び去る音が紅葉の木からします。丁度前にカイズカが有った場所です。今、卵を暖めている最中です。何時もだと烏や蛇に狙われて孵ることが少ないです。しかし、紅葉の新緑に覆われた枝葉はそう簡単には見つからない場所です。芝の成長も早く、毛虫も付き始めます、芝刈りやら害虫散布もしなくては成りません。山鳩のお母さんに気をつけながら事を運びましょう。
遠くから、雉の鳴き声が聞こえ四十雀や目白も帰ってきました。もう少し木が大きくなればいい庭になると思います。


4月12日  桜の木が来た!
隣の道路工事で以前庭にあったソメイヨシノの木を切らざるを得ませんでした。切ったその年は何とも思いませんでしたが、時がたつと春の訪れを楽しみにしていたものが無くなりとても寂しい思いがしていました。満開の桜の木下で家族全員で毎年、花見をしたことが懐かしくて堪りませんでした。次女の千嘉がなぜ桜の木を切ったのと泣きます。小生も泣きたい気持ちになり購入することに。何日も造園屋さんに通い、底紅という種類の八重桜にしました。盛りの時期には燃えるような薄紅の花が咲き、散り際には濃いピンクの色に変わります。客間から見るというより今回は外から見るととても綺麗物になると思います。その他に枝垂桜も植えました。また、造園屋通いの中でいろんな苗木を買い庭中に植えました。下の子が一年生に成ったお祝いです。
これから春になると我が庭は最初に梅ノ木が咲き、次に沈丁花、サンシュ、木蓮、レンギョ、コブシ、吉野桜、枝垂桜に八重桜、シデコブシと三つ葉ツツジに花カイドウ、それにシャクナゲが咲き、5月の声を聞くとハナミズキが咲き、ヤマボウシが咲き、ツツジ、サツキが咲き乱れ、6月にはアジサイが・・・・・・・・。とても楽しみな庭になりました。


ハナカイドウ

レンギョ

ミツバツツジ

シデコブシ

枝垂桜

八重桜

サンシュ

吉野桜

3月15日  英国派遣に出発しました。
今日、14歳になる長男が英国派遣に出発しました。町の補助を得て20名の生徒が英国で11日間ホームステイを通して生活します。初めは嫌がっていた彼ですが、あっけらかんとして出発しました。彼にはいろんな経験をして欲しいと思っています。我々は、越前カニを通していろんな方々とお話していろんな知恵や、いろんな体験をお聞きしています。一度しかない人生です若いうちに彼には我々には経験できなかった物を味わってもらいたいです。しかし、少々無理強いしたものだから親として少々不安です。朝から大湊神社に行って御祓いをしてもらうやら、近くもお堂で祈願するやら、そわそわドキドキ

帰ってくる頃には大きく見える子になってくることを心待ちにします。
バスで出発するところ

お兄ちゃん、ホストファミリーにうちのHPを紹介するときは
ExciteのHP ここ をクリックして
http://www.kawaki.net/home.html  をコピーして貼り付けしてください。


3月11日  晴加が一年生になります。
末っ子の三女が今年一年生になります。42歳で出来た子供で私にとっては孫みたいなものです。上の子供たちもとても可愛がり、この前焼肉店から帰りの代行の運転手に「私皆から愛されているの!」ってとても幸せそうでした。昨日机が届きました。上の子供達の時もそうでしたが一生使える物をと思って割りと無理をしてしまいます。今回のは猫足の鏡台でも使える素敵なもので、娘も気に入っています。
この前、ガソリンがあと43年でなくなるとラジオで聞いて驚きました。地球の資源がなくなることは認識してましたが数字を刻まれると深刻に考えてしまいます。子供のころ21世紀はまだまだ先と考えていたのが、もう過ぎてしまいました。一年生になる彼女が僕の年に成る頃は資源が枯渇して大変なことになっているかと思うと、大きくなることを素直に喜んでいいか迷ってしまいます。
彼女が大きくなる頃に幸せな生活が出来るよう、我々は努力しなくてはいけません。大人は結論を先送りして、子供たちにその付けを回しています。
頑張ろう大人たち!   頑張ろう私!


3月4日  またまた雪です。早く春よこい
今日は死んだ姉の祥月命日、あの日も北風が吹いてとても寒い日でした。葬儀には小雪が舞い散り、受付をしてもらったゴルフ協会の皆には寒い思いをさせてしまいました。2月の中ごろから暖かい日が続き、駐車場にあんなに有った雪の山も解けて、玄関の梅も咲き、木蓮の蕾も白くなってもうそこに春が・・・・・と思っていましたら、チラチラ白いもの、見る見るうちに15cmもうイヤ!
2月のはじめにチョッとした事件が有って、5kg痩せてしまいました。まだ解決しないまま、昨日の夜、会議が終わってサー一杯と思いきや財布がありません。どこを探しても有りません。12時を回ってからクレジットやキャッシュカードを止める手続きであまり寝る間がないまま今日、朝から警察に行って紛失届やら免許書の再発行、ところがスノータイヤを外したのにこの雪もうイヤ!
僕の好きな言葉に「苦しい坂も登れば下がる!」と言うのが有ります。冬の次には必ず春が有ります。辛い事が大きければ次にくる楽しいことはもっと大きく感じます。

早く春よこい!